めたのがスタートだ

リンクしてるブログの内容も普通の日記の内容なのだ。
ブログのリンクのシステムもOKなのに
規約を読み終えてまったく思い当たることもないし
まさにチンプンカンプンで分からないってのが規約を読んだ結果だ。
ただ僕としてはブログのリンクができないなら
フェイスブック使ってる意味がないし
今回のフェイスブックからのイジメのような仕打ちに
怒りと悲しさを覚えつつも撤収することにしたのだ。

そもそも自分からしたくてフェイスブック始めたわけじゃ無い
フェイスブックから「どうですか?やりませんか?」
ってきたので…じゃぁやってみようかな?って始めたのがスタートだ。
それなのに…今更なんだよ!って気分なんだけどね。

せっかくフェイスブックで繋がった友達や
そして親戚に姪っ子などもいるのだが
こんな状況ではフェイスブックをやってくことが無理となったので
最後の撤収コメントを一週間ほど表示して告知し
昨日の12日をもって
フェイス・ブックから撤収したんだ。

建国記念日で祝日な月曜日は残念な曇り空。
朝食用にクリーム入りの豆パンを姫がくれたが
なんかカラダは…あったかいものを欲していた。
姫が仕事に出掛けていってからは
しばらくテレビを見たりしてた。

姫が出かけるときは
外に雪がちらほら
舞ってる程度だったけれど
テレビで見たら成田空港は吹雪じゃね?ってくらい
すごい雪が降っていた。
東京近郊でこんなに違うのか?と驚いてしまう。

いずれにしても
今日は出かける予定はない。
まさにゆっくり過ごしたいって感じ。
あれまくりの部屋はゴミ屋敷状態だが
掃除するって項目は
もはや我が家には存在しない。

しかし…やっぱりお腹はパンじゃ納得していない。
開かずの間を開けたらゴミの山にカップ麺がいくつか見えたので
タンメン系のカップ麺を出してつくり
麺を食べ終えたあとは残りのスープに
炊飯器からよそったご飯を入れて食べたんだ。

あああ…これで
なんとかお腹も体も納得したかんじだ。

時計が昼を回ったあたりで
寝室へ移動してベッドに潜り込んだ。
結局そのまま夜まで眠り続けたんだ。

ラのアメリカ人だった

田舎の庭先で
エントランスロードの向こうから入ってきた車に
手の動きで車を止める場所を指示し
ホームツリーの向こうに止めさせる。
降りてきたのは日本語ペラペラのアメリカ人だった。

次にちっちゃこい車でやってきたのは
体もちっちゃこい親父だった。
アメリカ人に名刺をくれ…と言ったら通渠收費
二箱分くらいの裸の名刺の束を僕に渡した。
「どれなんだよ?」と言ったら
「まだちゃんとしたのが決まってないから」とお茶を濁し

ちっちゃこい親父にも名刺をくれ…と言ったら
まだ契約を結んでないからとか渋ってくれない。
そしてあの場所につくるセブンイレブンの件…と
アメリカ人が喋り出した瞬間Coworking space Rental
「またその話か!それは終わったことじゃないか」と
僕は怒り出して
そして胃がチクチク痛んできた。

…と
「ん?……」そこで目が覚めた。
居間の座椅子だ。
壁の時計は午前3時半。
あああ……今日のPVWは諦めた。

それから少し寝てたけれど
やっぱり胃がチクチクするので
起き出してトイレに行って戻ってきてからサクロンを飲んだ。
座椅子の寝床をちゃんと寝やすくして
そして毛布をかぶって寝た。

次に目が覚めたらもうすぐ起きる時間だったんだ
昨夜食べてそのまま寝ちゃったから
胃が動けてないんだな……
サクロンはあんまり効いてないみたいだ月租酒店式公寓

ドに引き込まれた

そんなことを朝まで何回繰り返したろう?
流石に3回目あたりになったら
風乃ダムの放流を終え居間に入って、本の崖に緑のサクロンエリアから
今度は錠剤のが残っていたので最後の1包を取り出すと外泌體
開封して口に入れると水でサクロンを飲み干した。
ベッドに戻って眠ると…またダークワールドに引き込まれた。

目が覚めた。その後も胃痛は続いたけれど
あまりサクロンを飲み過ぎると次回から効きにくくなる気がして我慢した。
なんだか…サクロンは夢の中のMK-1919な気がした。
最初はMK-1919で次がMK-1919-2って感じ剝智慧齒
もしかして?夢は胃痛で苦しむ僕を反映しているのか?
何度か起きてトイレに入って……ベッドに戻って眠ると
………同じ夢の続きだったから。

やっぱ微妙に胃が…重い感じ。
さっき予防でサクロン飲んだけど……さっきよりも微妙に痛く
なってきた感じ。
昨日胃が痛くなりそうな刺激物とか食べてないんだけどなぁ。
もう一袋飲んで寝ようかな?

iMacのシステムを終了し
午前3時15分頃。
やっぱり2包目の緑のサクロン顆粒を水で飲んだら
テレビを消してLED照明は常夜灯にして居間を出た。
そして寝室のベッドに横になって…布団をしっかりかけて眠ったんだ兒童牙科

首カルタも買っていた

ながらに苦労が絶えない。
彼は4人中、2番目の男子(次男)、1番影が薄い、その存在感は微妙。

だが、ビジュアルは悪くない。 
と言っても、最近、身体が横に伸びる段階なのか、少し丸くなってきて、唯一のスレンダーな特性のキレがなくなっている脫腳毛
兄ちゃんにはやっつけられ、デキのいい妹には注目をかっさらわれ、末っ子妹には溺愛を持って行かれ、目立つことなく、じつにアピール感がない。
おそらく周りが気づかないうちに、1番早く家から出て、自立して行くことだろう。

その、薄い薄いKだが、なんと百人一首が好き。
わたしがずっと前に、日本語で遊ぼうという、諺カルタを買った時に、ついでに百人一首カルタも買っていた。
諺カルタは人気があったが、百人一首カルタは誰も見向きもせず放置されていたところ、最近Kが発掘しはじめた。
そして、百人一首の本をわたしが扉付き棚に入れているのだが、彼は勝手にそれを持ち出して読んでいる脫毛學生優惠
作者の、手塚治虫の指導を受けた絵柄も愛らしく好感が持て、内容も面白い。

そもそも、その百人一首の本は、姑の愛読書。
姑の家にあったものをわたしが持ち帰っていた。
さらに、そもそもその本は、姑がリクエストしてわたし?(だったか?)が手配したもの。
あるいは、わたしの子供用に買ったものの、お下がり。
1990年に小学館が出している。
ぐるぐる、廻りに廻っている。

姑が孫たちと遊んでいる年齢は、今のわたしの状況と重なる。
当時の姑のほうが少し若いのは、子供たちの結婚、出産が、わたしの時代は年齢が高くなっているため。
初孫を抱く年齢は、わたし(当時56歳)より姑(当時49歳)のほうが断然早い。
晩婚時代の今では考えられない。

まあそれはそれとして。
孫守りも卒業した姑は、孫たちの成長に感化され、自分の老後の趣味として、英語の公文学習テキストと百人一首の本が欲しいと言った。
それで、わたしが用意して手渡した。
それ以来ずっと姑の家のダイニングキッチンルームに置かれていた。
しっかり読んで勉強したのかどうかは、さておき永久脫毛

前の人に魅力を感じる

今日はなぜか、「オトコとオンナ」のテーマで書きたくなった。
枯山水のわたしが、書けるか?
書くのは自由。

蝶ブログの過去記事。
どなたかが引っ張り出して読まれた形跡ありの、「恋のお値段」というものがあり、読んでみた。
前半は全く無意味、無駄、意味なし内容だった。
我ながら情けない。 
助走に時間がかかっている様子が伺える。
温まるのに時間を要するスロースターター。
が、後半、本題の「恋」は面白かった。
なんでもお金に換算して考えるわたし、、、これをゲンキンと言うのだろうか牙科中心

それはいいとして。
枯山水になると、余裕が出て来て、墨汁モノクロから天然色、総カラーを楽しめる。
もちろん、がっつり参加する側ではなく、視聴者参加型イベントみたいな、いや、実際にスタジオで参加するのではなく、TVやインターネットの向こうから参加するかんじか。
ではあるものの、やはり臨場感がないと、造花では、プリザーブド・フラワーにもならない。
しかし、瀬戸内寂聴さんをわたしは理想にはしていない。
実物のビジュアルにこだわるところがある。
(「よく言うよ」と。ビジュアルに耐えないわたしが言う)

若い頃は、皆さんの若い頃と同じ。
かなりマグマは熱かった。
今は予熱で生きている。
淡々とした枯山水仲間たちとは、落ち着くことは落ち着くが、、、
今は少しだけ私より若い男性がいい。
ほんの少し兒童牙科
あらっぽく「わたしと同世代」とくくってしまってもいいが、やっぱりまだ枯山水でないほうがいい。
熱く一心不乱に登って来た道を、頂上からの景色を胸に、下山を感じながら、丁寧に心して、降りようとしている、そんな枯山水一歩手前の人に魅力を感じる。
抗えないものに抵抗しようと、いずれ足掻くにしても、まだ直面していない現状が、わたしには若く映る。
渡っている桟橋が、渡ってきた背後側が切れて、必死で向こう側に走り切る、そういう迫力に、臨場感あふれるかんじ。
わたしは、こっち側、前方にもう渡ってしまったので、安全な場所から渡って来ている人を見ている。
手を差し伸べ、ガンバレ!と応援しているかと言えばそうではない。
渡り切るのではなく、いつまでも、桟橋の上を走って欲しい!と、願ったりする。
熱さ、若さが伝わり、応援とかそういうものではなく、また別の感覚、、、漢字や英単語で書けるが、やめておく。
羞恥心が邪魔をする。
恋心とか、そんな美しいものではなく、もっと土臭い、汗臭いもの。
臭いフェチか?
(いえ、実際の臭いは遠慮します)
絵に描いた餅ではない、肉厚感、リアル実在感、生き生き躍動感が、心臓の鼓動が、肌感覚で伝わるようで、心身共に共鳴する。
(この文章、描写表現、ダサすぎて伝わらないと思いますが)
あ、ChatGPTに作ってもらったら完璧だろうけれど、そこは手作り感を大切にしたい。
無骨、素朴、朴訥、素直、愚直、ストレート直球。
(もはや、何を言ってるのか、わからない状態)
と、わけのわからないことを書いているが、これはある意味、メッセージでもあります。
もっとはっきり、突っ込んで書きたいところだが、広告チラシの裏にでも書いて、スレッダー処理します小學生書包推薦

近づいて行っている

ごく近い将来、伊賀上野に行きたい。
ぜひ。
お気に入りブロガーさんが、何編にも渡り、たくさん、見どころをブログで紹介してくれていて、見るところには困らないだろう月曆訂造
去年、行ったが、、、と思っていたら、調べてみると、2022年11月だった。
お城と忍者屋敷と忍者関係展示館?を訪れただけなので、まだまだ見るべきところをいっぱい見逃している。
金谷?2階のお座敷で伊賀牛を食べたような記憶があるが、合っているかどうか?
いつもこの店のような気がする。
お肉を焼いてくれる女性には定年はないようで、年々年齢が上がっていて、わたしの年齢などとっくに追い越し、母の年齢に近づいて行っている。
今度は1人で電車で行くので、このお店には行かない贈品

前回、伊賀忍者のクノイチ(九の一→女性忍者)と手裏剣をモチーフにした、かわいいピンクの花柄マグネット、2個入りを買って、冷蔵庫に貼り付けていた。 
が、1個しかない。 
しかも、最後の1個も見当たらなくなったが、冷凍庫の中から出てきた。 
誰の仕業?
たぶんまた、あらまあこんなところに、、、というような場所から見つかることだろう。
ミステリアスな未来に、楽しみを取っておこう。

行ったのは去年あたりだと、ぼんやり思っていたが、正確にはいつだったか、よくわからなかった。
5年連記の日記帳をめくって、やっと見つけた。
前回は、2022年の伊勢&伊賀上野へのミニ旅。
また再び行くには、ちょうどのブランクか。
日帰り旅に、ぴったり。
ではあるが、実際に行くまで、行動に移すまで、時間がかかりそう。
プランをあたためるだけで、満足しそう月租酒店式公寓
ではあるものの、スタンバイ引き出しが一つ出来て、なんだか楽しい。

は済まされないと思

と、ここで、思い出したことを追記。
ここからは、蛇足。
(スクロールおすすめ、スタート地点。一気に最後までザザザーっと)

この山形県を含む東北団体旅行。 
写真の場所近く駐車場に、バスが停められた。
参加者の一人の高齢女性が、見学の後、集合時間になっても現れない。
時間はどんどん過ぎていく電腦椅
帰りの新幹線の時間が決まっているため、添乗員さんは、ハラハラ。
わたしたち、参加者もドキドキ。
添乗員さんは、探しに出掛けるが、なかなか帰って来ない。
このまま見つからなければ、どうするんだろう?と、ヤキモキしていた。
旅行会社本部に連絡して、助っ人を求めるのか?
現れない人を残して、二手に分かれて、バスで先に新幹線乗車駅に向かうのか?
ギリギリに参加者のその方はどうにか現れた、、、のは良いのだが、
我々は、お土産を買う時間や、その他の予定を割愛された。
彼女がバスに戻って来た時、添乗員さんが息切れ状態であったにもかかわらず、ご本人は、しれっと涼しい知らん顔。
無事だったことは良かったものの、皆んなに迷惑をかけた、一言のお詫びもなかった。
「すみません」、、、という、たった5文字の言葉は、彼女の口から発せられることはなかった。
代わりに、添乗員さんが平謝り。

それでわたしは強く思ったのは、、、
迷子になるのは、まあわかる、、、認知機能の低下のせい。
初めて行くところだし。
わたしも、いつも、道に迷うし。同じようなことはよくやる搬運
ただ、団体旅行に参加している限り、自分が周りにどう影響を与えているかという、認知力は最低限、必要だと感じた。
足腰や方向感覚だけではなく、心情的な想像力、推測力も。
一人で参加するのであれば、常識をわきまえ、ある程度、自立していなければ、皆んなの足を引っ張る。
が、失敗は誰にでもある。
ミスして迷って遅れるのは本人がワザとしたわけではないし、よくあることで仕方ないとしても、自分がしでかしたことをまるでわかっていない、あるいは、迷惑を掛けても、ものともしない性格の場合は、笑い事では済まされないと思った。

集合時間に、2〜3分遅れただけでも、平謝りの高年男性もいるのに、、、。
確かにあの時は、工程的にも地理的にも時間的にも難易度が少々高く、(わたしを含む)高齢のおひとり様にはキツかったかも知れない。
他の団体旅行でも、こういうことはよくある。
添乗員さんが、迷惑をかけたお客さんの代わりに、迷惑を被ったお客さん一人一人に、お詫びの品を持って謝りに来られたこともある。
余裕を持って行動するか、あるいは、皆さんにちゃんとしっかり謝るか、どちらかをしたほうが良いと、人のフリみて我がフリ直す、自分への戒めにした。

また別のグループ登山では、参加を断られた人もいる。
足を引っ張るどころか、全員の人命にかかわるからだ。

わたしなら失敗が度重なり自信をなくしても、更にまた行きたいと感じたら、、、
失敗を糧にして、予防線を張る企業月曆
誰かサポートしてくれる人と一緒に参加するか、あるいは、極力、無理をしないコースを選ぶか、はたまた、団体旅行には距離を置くか、対策を考え、舵を切る。

助け合いの精神は大事、不可欠だ。
が、性格によって、様々なことがある。